●Hey Ho つれづれ
青々と繁った樹の一部が枯れているのを見て
最近気になった樹。青々と繁った大きな樹の一部に枯れて茶色くなった枝が混じってる。 9月4日の台風で枝が半分折れてしまっていたり枝の根元が幹からずり落ちてしまったりしてる。つまり、まだ樹にくっついてはいるけれど樹から水や養分がいかなくなってしまった部分。 ほんの数日ですっかり枯れてしまっているのを見てドキッとした。 最初は公園の隅に積み上げられていた倒れた樹や、枝の付け根から折れた樹があっという間に茶色く枯れてしまうのを見て哀しいような切ないような気分になっていたのだけれど樹にくっついている(ように見える)枝にもそういう状態の一部分があることに気付いて。なぜ「ドキッと」なのかというと。青々と風に揺れている葉っぱは生きていてこの枯れた部分は死んでいるという当たり前の現実に気付いてドキッ。ちゃんと大地に根を張って水分・養分を吸収しないと枯れるんや、それは人間も一緒やん、と思ってドキッ。 次の瞬間、あんなふうになりたくなくて私は仕事を辞めたんだ、と一年半前に安定した職を辞めたことが今ごろ、突然、腑に落ちた(^^;辞める理由が、いろいろあった気もするけどどれも核心じゃないようで聞かれる度に、微妙に違う答になってしまい。辞めてから間違った選択だったかと、戸惑い、振り返ることもあり。でも戻りたいとは全然思わないのは何なんだろう、とずっと引っかかってた。多分、本能的にあの枯葉になっていく自分が見えたんだと思う。大きな樹にくっついてて枯れるより小さくても青々と自分で立っていたい。吹けば飛ぶようような頼りない生活だけど「生きてる」らしくいたい。いい歳して青臭いけどそんなことを考えていました^_^文章力をつける国語教室 Hey Ho安藤友里  
子育てしながら働くことを書いたSAORIちゃんのエッセイ
SEKAI NO OWARIのピアニスト、SAORIちゃんが連載しているエッセイを読んだ。 出産後、2カ月でバンド活動を再開したとき周りの反応に心を痛めたことが淡々と描かれている。 文春オンライン「読書間奏文」藤崎彩織 約25年前、育休明けに息子を預けて職場復帰したとき、さらに5年後、保育所に入りやすい時期に合わせてまだ7ヵ月だった娘を預けて新しい仕事を始めたとき、自分の親にさえ「子どもが可哀想」と言われ私が感じたことと全く同じ。 何年経っても変わらない「母親」に対する意識に愕然とする。 イクメンも大量発生しているし、夫婦そろって育休を取れるようにもなってて多少、変わって来てる気はしてたんだけど、やっぱり根深い。 子どもが熱を出し、嫁さんがどうしても仕事を休めないから、と欠勤した次の日、先輩から酷い嫌味を言われた元同僚。 私が毎日休みなく子どもの世話をするのは当たり前なのにダンナが一度オムツを変えたら「いいパパ」って言われるのはおかしくない? ってSNSにつぶやいてた教え子。 せっかく夢だった仕事に就けたのに「この職場では結婚・出産はできないよ」と宣言された教え子。 そんな話を見聞きするたびに男は仕事、女は子育て、の図式が変わらずに若い世代にも引き継がれているのだと思い知る。そして自分の中にあった子どもを「預けて」働く罪悪感、「だから女には……」と言われないための気負い、「母」が「妻」が働いていることで家族に不便な思いをさせたくない、そんな気持ちで頑張っていたことがかえってよくなかったのかと悲しくなる。 頑張ったことがプラスに働くのではなくできているから変える必要がない、とかできない人が悪い、とかそういうマイナスな方向につながってしまうのかと悲しくなる。 SAORIちゃんに、そんな思いしながらライブしてほしくないなぁ。 あと10年もしないうちに娘もそういう思いをするのかもしれない。 せめて、少しずつでも社会の意識が変わればいいのだけど。そのためには私が感じたような気持ちが「間違い」だと言う人が必要。SAORIちゃんのように「問題提起」をする人が必要。 そんなことを考えたエッセイでした。 文章力をつける国語教室 Hey Ho